人を育てること

やってみせ 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば
人は動かじ

話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば
人は育たず

やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば
人は実らず

これは、太平洋戦争において真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦を指揮した連合艦隊司令長官の山本五十六が残した言葉だ。

軍人の言葉というところに抵抗を感じなくはないが、人を育てる本質を簡潔にわかりやすく表現していると思う。

子どもがいるわけでもなく、人材育成に長年かかわっているわけでもないけれど、この言葉を目にしたとき、本当にそうだなと思う言葉だった。

私が人を育てることをはじめて意識したのは、中学生の時だった。

部活動をやっていたことがある人なら、多かれ少なかれ、人を育てることについて悩んだことがあるのではないだろうか。

私は当時、吹奏楽部で打楽器パートに属していたのだが、この部活動で一番嫌だったのが先輩との関係性だった。文化系とはいえかなり上下関係が厳しかった。横柄な態度をとったり、いばったりする先輩が全体的に多かったし、そもそも下級生というだけで見下された。

1年2年先に生きているだけでなんでそういう態度をとれるのか、当時の私にはまったくわからなかった。それに、ある先輩に貸した漫画は何度か催促してみたにもかかわらず、ついに返ってこなかった。先輩以前に人間としてどうなんだろうと本気でその人のことが嫌いになったくらいだ。

だから、後輩が入ってきても私はこんな先輩たちのようにはなるまいと心に誓っていた。指導はしたけれど、いばったりは絶対にしなかった。

ほかのパートは相変わらず上下関係が厳しいままだったようだが、私がそんなだったから打楽器パートはかなりなごやかだった。しまいに私はパートの後輩たちから「かっきー」と呼ばれていた。

それはそれでどうなんだろうとは思ったけれど、といってパート内がだらけていたわけではない。みんなそれぞれ自分たちの楽器に責任をもって一生懸命練習していた。彼らはひとりひとりが練習方法を工夫し、どんどんうまくなっていった。ときには私が指示したことに対して「それは違う!」と反発されたこともある。

なめられていた、といえばそうかもしれないし、頼りなかったのかもしれない。でも、私は彼らに迎合していたわけでもない。彼らの自主性を引き出したという点で私の接し方は間違っていなかったと今でも思う。

よい演奏をするために、よけいな人間関係のもめごととか、あつれきとか、本来は必要ないのだ。むやみといばっていた先輩たちは、結局何がしたかったのだろう。

その後、どちらかというと一匹狼的な仕事ばかりしていたので、人を育てる機会が再び訪れたのは、30代後半になってからだった。店舗のアルバイトスタッフを指導していた。ほとんどか20代の若者だった。

このとき感じたのは、教える側と教えられる側の間に信頼関係を築くことが一番大切なのだということだった。これができていたら、多少頼りない指導者でもついてきてくれる。

あとは、その人がどんな人なのかを見極め、それにそった教え方をするということ。「この人はちゃんと見てくれている」と感じてもらえたら、やはり信頼関係を構築できる。

さらに、教えられている人は知識ゼロの赤ん坊と一緒だという意識を持つことも案外大事だ。これはけしてその人を下に見ているわけではない。その人のこれまでやってきたことも認めながらも、この仕事に関しては赤ん坊だと認識するということだ。これを忘れてしまう人はけっこう多くて、「なんでできないの?」というセリフを言いがちなのだけど、できなくて当たり前なのだ。だってその仕事をやるのははじめてなのだから。

もしこのセリフを言われたら、教えられる方は教える側に不信感を抱くだろう。教える側も教えられる側のことを「きっとできる」と信じることも大切なのだ。

最初は右も左もわからなかったスタッフたちが少しずつ育っていき、どんどんたくましくなって独り立ちしていく姿を見るのは、こちらのモチベーションにもなっていた。人を育てるのは、とてもやりがいのある面白い仕事だった。

現場が忙しいと、何もできない足手まといの新人スタッフに関わるのを面倒くさがる社員などもいたが、もったいないことだ。人を教えるのは自分が成長するチャンスでもあるからだ。

人を育てる経験をすると、山本五十六の言葉のように、それぞれの哲学のようなものを持つ気がする。人を育てることはそれだけ、その人自身も大きく育っていく経験だからかもしれない。

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