ウイルスと想像力_DAY2

自宅待機2日目。

家の近くの川べりを散歩してきた。日課の運動のためである。

同じようなことを考えている人は多いようで、人出はけっこうあった。普通の平日ならもっと閑散としている。

犬を散歩させていたり、家族連れで歩いていたり、ランニングをしていたり。

野球やサッカーのできるグラウンドがあるのだけど、さすがにやっている人はいなかった。

草地を見渡すとカラスノエンドウがずいぶん繁茂して、いたるところで赤紫色の花をつけている。

ほかにも、ホトケノザ、タンポポ、オトギリソウ、ナバナ、オオイヌノフグリ、アカツメクサなどなど、いろんな植物が花を咲かせていた。春だなぁと思う。

子どもの頃からこういうなんでもない野花が好きで、今も野原を歩いているとついつい眺めてしまう。とくに好きだったのはハコベの小さい白い花。残念ながら今日は見かけなかったけれど。

ムクドリ、ハクセキレイ、カワウ、キンクロハジロ(らしき水鳥)、ハト。鳥もたくさん。

世界情勢なんてみじんも関係ない彼らの姿を見ていると、やっぱり心穏やかになる。

朝起きてしばらくの間、「あれ、なんで私休みなんだっけ」と思う。外の様子はいつもと変わらない。だけど自宅待機。なんだか変な感じである。

地震や台風のように目の前に危機が迫っていれば、なぜこの行動をしているのか?という理由はわかりやすい。けれど、ウイルスという目に見えないものが相手だと、ある意味ひとり相撲になりかねない。

ウイルス対策というのは、たとえそこにウイルスがいないとしてもウイルスがいるという前提で行動することだ。自分がウイルスに感染していないとしても、感染しているていでふるまうことだ。こっけいといえばこっけい。だけど、目に見えないのだからそうするよりしかたがない。

緊急事態宣言が出された日に、もう行けなくなるからと飲み屋に繰り出すおじさんが多発したようなのだが、ある意味素直な人たちだと言えなくもない。「ウイルスだぁ?くだらねぇ、そんな目に見えないものにやられるおれじゃねーぞ!」ってなところだろうか。

もしウイルスが目に見えるものだったら、国が緊急事態宣言なんて出す前から自主的に家に引きこもる人が続出するだろう。

人間は想像力をもった生き物であり、ゆえに現在のような世界を作り出すことができた。ウイルスに関しても、今は想像力で乗り切るしかない。

私も新型コロナウイルスに対して、1月はじめのまだそこまで騒がれていなかったころは、あまり危機感がなかった。基礎疾患もないし、老齢でもないからと。

ただ、状況は日々変わる。最初に考えていたことが間違っていたかもしれないと感じたら、軌道修正していく必要がある。世界の動きに比例して、日本の感染者数もこれからもっと伸びるかもしれないし、いつか自分が感染する可能性もある。

今の私にできることは、家でおとなしく過ごすこと。

ゴールデンウィークに帰省するつもりで予約していた飛行機もキャンセルした。

自宅待機はひと月では終わらないかもしれない。あまりにも長引くようであれば、解雇もありうるだろうと思っている。

そうなったらそうなったとき。今はただ、爪を研いで備えるだけだ。

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