自宅待機、最終日_DAY54

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自宅待機54日目。

完全自宅待機も本日で最終日である。

明日からは出社半分、自宅待機半分の生活がはじまる。また電車に乗らなければならない、会社に行かなければならないと思うと、気は重い。

この54日間で変化したことはいくつかあった。ラジオ体操第2を覚えた。ストレッチを毎日やって身体がずいぶん柔らかくなった。毎日ブログを書くようになった。本を丁寧に読むようになった。英語に触れる機会が増えた。猫と過ごす時間が増えた。など。こうやって書くとあまりたいしたことはできなかったけれど、本当に毎日充実していたなと思う。

総務省が29日発表した4月の労働力調査では、非正規労働者数が前年同月比97万人減と、比較可能な2014年以降で最大のマイナスとなった。緊急事態宣言で営業自粛を迫られ、飲食店などがパートを減らしているためだ。従業員を解雇せずに休ませている企業も少なくないが、新型コロナウイルス感染症の影響が長期化すれば持ちこたえるのは難しい。雇用情勢が一気に悪化する恐れもありそうだ。(略)

「非正規、最大の減少 強まる雇用先行き懸念 4月の労働力調査」 5/30(土) 7:17配信 時事通信

昨日、こんなニュースをネットで読んだ。休業者も597万人と過去にないくらい多く、もしこの休業者がこのまま解雇されてしまったとしたら、失業率の急増は避けられないと記事は続く。

非正規というのは雇用の調整弁であり、景気や社会情勢に翻弄される、不安定な雇用形態であることは頭では理解しているつもりだった。でも、今回のような事態があるとやはりいろいろと考えさせられてしまう。

私は正規より非正規のほうが会社に束縛される部分が少ないので、心身ともに楽だった。仕事に不満がなかったわけではないが、仕事と会社に振り回されて、身も心もボロボロになるよりは100倍ましだと思っていた。

とはいっても、こうあからさまに非正規が調整弁として機能しているのを見せつけられると、嫌な気分になる。

働かなければ生きていけないような社会システムを作り上げているにも関わらず、その仕事を簡単に取り上げるようなシステムも同時に走らせているこの社会の在り方というのが、改めておかしなものに思えてくる。

労働者は、足りなくなったら増やし、いらなくなったら捨てられるような「資材」ではない。まして、会社を存続させるためだけに存在しているわけでもない。それぞれの人生を生きるために存在している、血も肉もある生き物なのである。

そういう風に考えていると、もういいかげん、自分の大事なものを他人にゆだねる生き方はやめたくなる。

これから「新しい生活様式」で暮らしていかなければならないのなら、私は「新しい生き方」で生きていきたい。そう思っている。

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