猫と花_DAY52

猫と花

自宅待機52日目。

去年4月に猫を1匹亡くしてから、花を飾る習慣ができた。一度買うと5日~1週間くらいは持つので、そのくらいの頻度で買ってくる。

コロナ自粛の間も、花は普通に流通していたので、切らすことはなかった。むしろこんな時だからこそ、いつも通りに買おうとも思っていた。

そもそも花を飾るようになったきっかけは、猫を火葬したときにさかのぼる。

亡くなった猫の火葬を依頼したとき、係の方に「当日、お花をお持ちください」と言われた。どこか祭壇にでも飾るのだろうかと思い、そのときはスーパーの花ではなく、街角の花屋さんで花を買った。猫に似合いそうな色合いの、きれいな花をたくさん選んだ。

花を持っていくと、係の人はチョキチョキと茎を短く切っていく。それを猫の周りにたくさん飾ってあげてくださいという。そういうことだったのかとその時ようやく合点がいった。人間も亡くなった時、たくさんの花と一緒に棺へ入れてもらうけれど、まさにそういう感じだった。

猫が少しでもかわいらしく見えるよう、私はものすごく真剣に花を猫の周りに並べていった。

並べ終えた花に囲まれた猫はとても美しかった。その姿を見たとき、飼い主として猫をきちんと送り出すことができたと感じた。

その時の花の印象がとても強く心に残り、「これからはいつも花を飾ろう」と思ったのだ。

今も棚の上に遺骨と遺影を飾っているので、そこへ花を生ける。でも花瓶が小さいので、入り切れなかった花は別のコップなどに挿して台所やトイレに飾ることもある。私の中でそれは猫からの「おこぼれ」と呼んでいる。

本当なら花屋さんに並んでいる花を買ってきたほうがセンスのいい花が買えるのだろうけど、たいていはスーパーで売っている、何種類かの花を取り混ぜた一束200円から300円くらいのものを買ってくる。

コスト的にというのもあるけれど、「そういえば花がそろそろ枯れそうだ」と思った時、スーパーの買い出しのついでに気張らずに買えるという気軽さがあるからだ。

花の水と、一緒にお供えしている水を替えるたび、遺影に「おはよう」とか「今日もいい天気だね」とか、ちょこっと話しかける。こうすることで、今でも猫とのつながりを保っているように感じられる。

話は変わるが、古代の人たちも亡くなった人に花を手向ける習慣があったらしいというのを、ナショナルジオグラフィックか何かの記事で読んだことがある。古代遺跡の人骨の近くから、たくさんの花粉が採取されたのがその論拠となったという。

はるか昔から人間は、悼む気持ちを花によって表現していたというのがなんだか不思議である。昔の人も現代の人も、花が持つ何らかの力を無意識に感じているということなのかもしれない。

花は一言も言葉を発しない。でも、花には人を癒す力がある。その場を華やかに飾るだけでなく、場のエネルギーを正す力がある。歓迎の気持ちを伝える力がある。花はいろいろと不思議な力を持つがゆえに、魅力的なのだと思う。

今日もスーパーに行ったついでに花を買ってきた。選ぶ基準はいつも「猫に似合いそうな色の花」なので、たいてい暖色系の色の花になる。今日買ってきたのは、オレンジとピンクのガーベラ、白いキク科の花(名前がわからない…)である。

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