「エッシャー 視覚の魔術師」

4月1日、下高井戸シネマで映画「エッシャー 視覚の魔術師」を見てきた。

このご時世なので、座席は1席おきに座るようになっていたが、そもそも20人程度しかお客がいなかったので、座席一列を独り占めできるような状態。こんなにガラガラの状態で映画を見たのははじめてだった。

この映画を見るまでは、登っても登っても永遠にどこにもたどり着けない塔の絵などのだまし絵を描いた人、くらいしかエッシャーについては知らなかった。

映画では、裕福な家庭に生まれたエッシャーが、どういう経緯で不思議な絵を生み出すようになっていったかが時系列で丁寧に描かれていく。

若い頃に版画家としての才能を見出され、かなり早い段階からキャリアを積んでいたことを知り、そうか、エッシャーは「芸術家」ではなく「版画家」だったんだ、と新しい認識が加わった。

コンピューターグラフィックスを駆使し、エッシャーの絵の中に入り込んだような気になる場面もたくさん用意されていて、あやうく酔いそうになった。

92歳(当時)になるというエッシャーの長男と、80歳(当時)の次男と次男の妻がインタビューに応える場面もあった。直に接している人物の証言は貴重だ。

若い頃からエッシャーはいろんなところを旅した。住む場所もかなり転々としていたようだ。毎日のように見た景色をスケッチし、たくさんのモノクロの版画に仕上げていった。この経験が、不思議な絵を生み出す土台になっていったようだ。

エッシャーの親族には理系が多かったらしい。不思議なタイルのような絵を描いていたころは、エッシャー自身、自分のことを美術家ではなく数学者だと言っていたこともあったようだ。

映画の終わりの方で、晩年のエッシャーが過去に彫った自分の版画を摺り増ししている実際の映像が使われていた。版にローラーでインクを塗り、プレス機で摺り上げていく。すべての動作は丁寧で、無駄がない。

若い頃、毎日のように昼間は街中をスケッチし、夜になると版を彫ってプリントしていたというその作業の積み重ねが、エッシャーの版画の完成度を高めていたのは言うまでもない。

版画としての完成度の高さがアイディアの奇抜さを下支えしてしていたといってもいいのではないか。稚拙な版画技術では、いくらアイディアが優れていても絵としての説得力は半減してしまう。

エッシャーの版画は戦後、「TIME」や「LIFE」で紹介され世界的に注目されることになる。それまで親の遺産を頼りに生きてきたエッシャーが、ようやく自分の作品で生活できるようになったのはここからだったようだ。

1960年代にはなぜかヒッピーたちにもてはやされるようになる。これを本人はかなり不愉快に感じていたようだ。ローリングストーンズのミック・ジャガーにLPジャケットに使う新作版画を依頼されたものの、断ったというエピソードもあった。

そして、エッシャーは最後まで自分の作品に満足していなかった。

いくら登ってもどこへもたどり着けない階段のように、エッシャー自身も永遠の理想を追い求めていたのかもしれない。

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