「浮浪児1945-戦争が生んだ子供たち」(石井光太)_DAY14

浮浪児-1945

出社再開14日目。本日も公休。

今日も雨の多い1日。昨日今日と、気圧が低いせいなのかなんなのか、午前中やけに眠かった。

昨日は昼ごはんの後しばらくしてから昼寝をしたのだが、今日は昼ごはんを食べる前に1時間くらい眠ってしまった。夜眠れていないわけではないので、寝不足というわけでもないはずなのだが。

今日は、数日前につまみ読みしていた石井光太著「浮浪児1945-戦争が生んだ子供たち」を読み終わった。2014年初版なので、今から6年前に出版された本である。

この本の中で一番印象に残ったのは、日本では浮浪児に対する差別が強かったため、海外へ出ていった人も少なくなかったと知ったことだ。それほどひどい差別だったことを端的に表しているエピソードだと思った。

浮浪児といっても一様ではなかった。戦後すぐは戦争で親を亡くしたり、家族と生き別れたりして、やむなく路上生活をしていた子どもがほとんどだった。しかし戦後しばらくして、親がいるにもかかわらず地方から出てきて路上生活をする子どもが増え始めた。彼らは盗みなどの悪事を働き、治安を乱すようになっていたという。

そのような背景もあり、戦争孤児も、あとからやってきたタチの悪い子どももひとくくりに考えて、差別する人が少なくなかったようだ。戦争孤児の中にも悪事に手を染める子どももいたが、数は多くなかった。

爆撃などで親を殺された上に見知らぬ大人たちから差別までされては、戦争孤児だった浮浪児が日本を嫌になるのも無理はないだろう。

浮浪児に対する差別というのは本当に根深かったようで、職場などでも何かトラブルがあるとすぐ彼らのせいにされ、常に疑いの目で見られていたという。配偶者にすら、孤児院で育ったことまでは話せても、浮浪児だったことを言い出せない人もいたようだ。

差別の根底にあるのは、おそらく恐怖だ。大人にとって浮浪児の存在は、自分たちの持っているものを奪い、汚し、脅かすものとしか感じられなかったのだろう。

こういった差別は理不尽である。とくに、戦争で親を殺された子どもを差別するなど、どれだけ鬼なんだと本を読みながら思った。でも、あの時代は大人も子どももみんな、生きることに必死だった。人にやさしくなれないとして、その人ばかりを責められない。

結局のところ、人間はどんな時代に生まれるのか、どんな運命を担わされているのかを選ぶことはできない。とすれば、そういう時代に生まれてきたこと、そういう運命を担わされていることを受け入れて、少しでも前向きに生きていくことを考えた方が、よりよく生きていけるのだろう。

浮浪児の中には生活の辛さに耐えかね、自ら命を絶つ子どもも少なくなかったようだ。でも、この本に出てくる元浮浪児たちは、悲惨な体験をしながらも生き抜いた。そして家族を持ち、子どもたちを育て上げた。

こういう人たちがいたからこそ、日本はつぶれることなく繁栄できたのだ。

今は、コロナがどうとか、経済がどうとか、いろいろな問題はあれど、あの時代のように必死に生きていこうとしなくても、どうにか生きていける時代である。逆に、生きる目的が見つけられなくて苦しむような時代だ。

どちらがいいとか悪いとかではなく、どういう時代にあってもその人の生き方次第で、自分の人生を意味あるものにすることができるのだ。

そういうことを、この本を読みながら考えた。

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