雨の音を聴く一日_DAY13

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紫陽花に覆われる階段のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20200338062post-25958.html

出社再開13日目。本日は公休。

いよいよ梅雨も本格化して、今日は朝からずっと雨だった。

雨に降られるのは好きではないが、間断なく降り続く雨の音を雨に濡れない環境で聴いているのは好きだ。とても心が落ち着くような気がする。

音楽配信サイトで「雨音」の音源を買って、しばらく聴いていたこともある。このごろはYouTubeで環境音を配信しているチャンネルがたくさんあるので、それで聴いていることもある。

今日はその雨音を聴きながら読書。まさに晴耕雨読だ。あとはごはんを食べて、猫の「なでろ」要求に応えて、昼寝をして、それで日が暮れた。

自宅待機を経験してから、生活がすごくシンプルになったなと思う。

休みだからといって、どこかへ出かけなければと急かされるような気持になることも少なくなったし、家にずっといても平気になった。

数日前から、グレッグ・マキューン著「エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする」を電子書籍で読み始めた。

あれもこれもと手を出して、結局何ひとつ成果が出ない人の例が出てきて、まるで私のことを言われているようだな、と思った。

自分にとって何が大切で、何がそれほど大切ではないのか。そういうことを今まであまり考えて生きてこなかった気がする。

とくに職場では、言われたことをすべてこなし、断ったことはなかった。できる、というより「やらなくては」という気持ちの方が強かった。そして心身ともに消耗していった。

自分が万能だと思ったことはなかったが、こういう仕事の仕方は「自分は万能で、なんでもできる」と思っているようなものだ。

そして、時間というのは無限にあるとどこかで錯覚していた。しかし、時間には限りがある。

エッセンシャル思考の一番の肝は、おそらくここだ。私に与えられた時間は限られており、すべてのことをこなすような時間は、与えられていない。一生のうちにやれることは限らているのだ。

油断をすると、あれもこれもとやってみたいことが浮かんでくる。時間をかければきっとそのうちやれるようになるとも思う。確かに、今までもそうやってできるようになってきたことはたくさんある。でも、これからはこのやり方を変えることも必要かもしれない。

それは、先にも書いた通り、何ひとつ成果を出せたような実感が人生においてないからだ。

誰かに認められるとかそうことではなく、自分で「ああ、これはよくやったな」と思えるようなことが、何かひとつでも人生の中で残せたらいいなと思う。

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