新型コロナウイルスがもたらしているもの

今年も桜の季節である。

新型コロナウイルスが流行しようが、それで経済がおかしなことになろうが、季節は巡る。

人間世界の騒ぎをよそに、生き物たちは自分たちの生をまっとうしようと、淡々と生きている。そういう姿を見て心安らかになるのは私だけだろうか。

2月末に政府がイベント自粛や休校を要請したとき、目に見えない緊張の糸が周りにばーっと張り巡らされたような感覚があった。

政府の動きを受けて、私が働く会社では常時マスクをするよう急に命じられた。風邪すら引いていない健康な人間がマスクをすることにほとんど意味はない。でも、それに対して異をとなえる人もいないし、となえさせる雰囲気もなかった。

私はそもそもマスクが嫌いで、普段ほとんどしないので最初は多少抵抗していたけれど、結局従うことになった。していない時に感じる無言の圧力からくる精神的負担の方が大きかったからだ。

マスクをするのは結局のところ、何か事が起こった時「自分たちはちゃんと対策をとっていた」と言い訳するためでしかない。マスクで完全に感染が防げるわけではないことは、全員がわかっているはずだ。

こうやって上から一律で命令されたことに何も意見が言えないまま従わされる雰囲気は怖い。

このことがあったとき、「戦前や戦時中もこんな雰囲気だったんだろうか」とふと思った。

飛躍した考えかもしれないけれど、あながち大外れでもないような気もするのだ。

このごろは外を歩いていても、電車に乗っていても、何とも言えない緊張感がある。

最初はウイルス自体を恐れていたのが、今や日本人の大半が、病気になることではなく自分が感染することで感染源になることを恐れている。何より周りの目を気にする日本人らしい。

逆にそういった恐れの気持ちが日本での爆発的な感染拡大を抑えているような気もしなくはない。

ウイルスの感染拡大は抑えているかもしれないけれど、ウイルスが収まったとき人の心がすっかりすさんでしまわないか。そちらのほうが私は怖い。

今回のウイルス問題で、普段見ないようにごまかしてきたものが白日のもとにさらされはじめているような気がする。社会の動きだけでなく、個人的にもそんな感覚がある。それを悪い事ととらえるか、好機ととらえるか。今はまだ、よくわからない。

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